海外のジャズファン交流サイトを覗いていたら、興味深い主張を見つけました。
その議論の主は、キング・オリヴァー(King Oliver)の「Dippermouth Blues」で有名な叫び声（”Oh! Play that thing!”というあれです）は、バド・スコット(Bud Scott)によるものだと主張していました。(バンジョーもバド・スコット(Bud Scott)による演奏だという主張です)
論拠としては、この録音がされた1923年4月には、バド・スコット(Bud Scott)はニューヨークを離れ、シカゴに移り住んでいたはずで、キング・オリヴァー(King Oliver)のクレオール・ジャズ・バンド(Creole Jazz Band)にも加入していたはずだ、という話でした。
手元のディスコグラフィーによると1923年4月のメンバーは、以下の通りです。
- King Oliver (cornet)
- Louis Armstrong (cornet)
- Honore Dutrey (trombone)
- Johnny Dodds (clarinet)
- Lil Hardin (piano)
- Bill Johnson (banjo)
- Baby Dodds (drums)
これによると、バンジョー奏者はビル・ジョンソン(Bill Johnson)となっていますし、撮影された写真にもバド・スコット(Bud Scott)は映ってはおらず、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)がバンジョーを抱えています。こうしたことから、この時に「Play that thing!」と叫んだのも、当然、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)だと思っていました。
同年6月の録音で叫んでいるのは、バド・スコット(Bud Scott)という事で異存はないのですが、この２テイクの「Dippermouth Blues」を聴き比べていると、やはり各々で性質が違う気がします。
後年、映画「ニューオリンズ」の演奏シーンではバド・スコット(Bud Scott)がこの叫び声を担当しており、”Play That Thing!”と言えば、バド・スコット(Bud Scott)のイメージが定着している気がしますが、オリジナルが誰なのかは明確にしておきたい問題ではあります。
前述の交流サイトでの議論を読み進めると、ジョニー・センシア(Johnny St. Cyr)の証言が引用されており、それに拠ると「キング・オリヴァー(King Oliver)のバンドでビル・ジョンソン(Bill Johnson)がベース以外の楽器を演奏しているのを見たことがない」という話もあり、一方で、バンジョー奏者のジョニー・センシア(Johnny St. Cyr)の参加時に限っては、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)はベースを担当していたかもしれないが、そもそも問題となるのは他のバンジョー奏者が不在の時の話で、ジョニー・センシア(Johnny St. Cyr)がいない時にはバンジョーも弾いていたのでは？等々の反論もあり、議論は混迷を深めていました。
バド・スコット(Bud Scott)の加入時期についての正規の記録が残っているわけでもない為、この件についての決定的な資料は無いものと思われましたが、証拠は意外なところから出てきました。
On one number I was caught very unsettled. That was Dippermouth Blues. I was to play a solo and I forgot my part. But the band was very alert and Bill Johnson hollered, “Play that thing!” That was an on-the-spot substitution for the solo part which I forgot.
ある曲を演奏している時に、私は非常に動揺していた。「ディッパーマウス・ブルース」を演奏している時のことだった。私はソロを弾くことになっていたのだが、自分のパートを忘れてしまったんだ。でも、バンドはとても警戒していて、ビル・ジョンソンが “あれを弾け！”と叫んだんだ。それが私が忘れてしまったソロ・パートをその場で代用したものになった。
「The Baby Dodds Story」著：Baby Dodds （※翻訳は「初期のジャズ」）
図らずも、ベイビー・ドッツ(Baby Dodds)の記録を探している時に読んでいた「The Baby Dodds Story」にこの件の正解が載っていたわけです。実際にレコーディングに参加していたベイビー・ドッツ(Baby Dodds)の証言ともなれば、これは決定打になり得るでしょう。
1923年4月の「Dippermouth Blues」で叫んでいたのは、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)であり、バンジョーを弾いていたのも写真に残されている通り、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)ということで、この件は解決したものと思っていたのですが、更なる謎が出てきました。
ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)のディスコグラフィー決定版として名高い「All of Me: The Complete Discography of Louis Armstrong」によると、この時の録音のバンジョー奏者にはバド・スコット(Bud Scott)がクレジットされており、叫び声についてはビル・ジョンソン(Bill Johnson)が記載されています。これが事実だとすると、ベースを弾いていたわけでもないビル・ジョンソン(Bill Johnson)がバージニア州リッチモンドまで同行した理由が思いつきません。
「Play that thing!」のシャウトのオリジナルは、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)という結論で良いとは思いますが、結局、この時にバンジョーを弾いていたのが誰なのか……という問題だけが残りました。
個人的には、録音に参加しないビル・ジョンソン(Bill Johnson)がわざわざリッチモンドまで同行したという話には説得力がなく、バド・スコット(Bud Scott)がリッチモンドを訪れたという記録も特には無い為、1923年4月の録音(バージニア州リッチモンド)では、ビル・ジョンソン(Bill Johnson)がバンジョーを弾き、同年6月の録音(イリノイ州シカゴ)では、バド・スコット(Bud Scott)がバンジョーを担当した……というのが、しっくりと来る気がしています。