以前、「キング・オリヴァー(King Oliver)の誕生日の謎」という記事を執筆したが、その後さらに調査を進めた結果、体系的に整理することができたため、改めてここに公開する。
はじめに
ジャズ史において最も重要な人物の一人であるジョー・”キング”・オリヴァー(Joseph Nathan “King” Oliver)の基本的な経歴情報について、近年の研究によって重要な見直しが行われている。特に彼の生年月日は、長年「1885年5月11日」と信じられてきたが、新たな史料の発見により異なる日付が有力視されるようになった。本稿では、オリヴァーの生年月日に関する従来の定説と、新たな史料に基づく研究成果を整理し、現時点での最も信頼性の高い結論を提示する。
従来の定説:「1885年5月11日説」とその根拠
キング・オリヴァーの生年月日は、長らく「1885年5月11日、ルイジアナ州アベンド(またはニューオーリンズ近郊)生まれ」と伝えられてきた。この生年月日は以下の資料で広く採用されていた:
- New Grove音楽辞典
- レナード・フェザーのジャズ人物事典(1999年版)
- ブリタニカ百科事典
- ニューヨーク・ブロンクス区ウッドローン墓地の墓碑
しかし、この「5月11日説」の直接的な一次資料による裏付けは乏しく、おそらく家族や同時代人の証言、あるいは死亡時の情報に基づく推測が定説化したものと考えられる。ルイ・アームストロングなどの回想録や初期のジャズ研究書でもこの説が踏襲され、長年にわたって疑問視されることはなかった。
新資料の発見と生年月日の再検証
近年、複数の公的記録が発見・検証され、オリヴァーの生年月日について再評価が行われている。特に決定的な証拠となったのは以下の資料である:
第一次世界大戦時の徴兵登録票(1918年)
1918年9月12日付の徴兵登録票では、オリヴァー自身が「1881年12月19日生まれ」と申告していた。これは従来説と年も日付も大きく異なる情報であり、研究者に衝撃を与えた。
国勢調査記録(1900年・1910年・1920年)
- 1900年の国勢調査:オリヴァーが少年期を過ごしたニューオーリンズの異父姉ヴィクトリア・デイヴィス宅の調査では、彼の出生月が「12月」、出生年は「1884」または「1885」と記録されている。調査票では最後の数字が上書きされており、「1884」に「5」を重ねたようにも読み取れる。
- 1910年の国勢調査:オリヴァーの年齢は「30歳」と記録されており、逆算すると約1880年前後の生まれとなる。
- 1920年の国勢調査:年齢「35歳」と記録されており、1884年頃の生まれと推定される。
その他の公的記録
- 婚姻届(1911年):1911年7月13日の結婚証明書には年齢「26歳」と記載されており、1884年末〜1885年初頭生まれと整合する。
- 死亡証明書(1938年):オリヴァーが亡くなった際(1938年4月)に作成された死亡証明書では、享年「52歳」とされている。これは1885年生まれであれば整合する(1881年生まれならば56歳になるはず)。
学術研究における情報の整理と変遷
ジャズ史研究者たちは、これらの新事実を踏まえてオリヴァーの生年月日情報を更新してきた:
20世紀後半までの資料
1960年代のマーティン・ウィリアムズ著『Jazz Masters of New Orleans』や、Walter C. Allen & Brian Rustによるディスコグラフィー(1987年Laurie Wright改訂版以前)では、「1885年5月11日」説が踏襲されていた。
Laurie Wrightによる研究(1987年)
ジャズ史家ローリー・ライトはAllen & Rustの『”King” Oliver』ディスコグラフィーを改訂する際、国勢調査やドラフトカード等の記録を精査。生年について詳細な議論を展開し、1900年調査の書き込みや家族構成から「1884年末〜1885年説」を支持しつつも、ドラフトカードの「1881年」にも言及している。
Peter Hanleyの調査
研究家ピーター・ハンリーは、ニューオーリンズの初期ジャズ奏者の調査プロジェクトでオリヴァーの伝記を掘り下げ、入手可能なあらゆる公的記録を分析した。その結果、「1884年12月19日頃、ルイジアナ州アベン付近のサルスバーグ農園で出生」した可能性が高いとしている。
専門サイトや資料の更新
2000年代以降、オンライン百科事典やジャズ関係の資料も情報を更新している:
- KnowLA/64 Parishes(ルイジアナ歴史事典):「正確な日付には諸説あるが現時点の証拠では1885年12月19日生まれと示される」と明記。
- Louis Armstrong House Museum(ニューヨーク):公式ブログ(2020年)で「ジョセフ・ネイサン・オリヴァーは1885年12月19日、ルイジアナ州アベンドに生まれた」と記述。
- 英語版Wikipedia:「1881年12月19日生(ただし1884年または1885年という説もある)」と注記し、議論を紹介。
現在の定説と結論
総合すると、キング・オリヴァーの生年月日は「1885年12月19日」説が最も有力と考えられる。新発見の徴兵登録票により月日が「12月19日」であることが判明し、国勢調査・婚姻・死亡記録の分析から生年は1884〜1885年と絞られた。その中でも特に1885年が様々な記録との整合性が高いと判断される。
つまるところ、キング・オリヴァーの生年月日に関する情報の変遷は以下の通りである:
以前の定説: 「1885年5月11日生まれ(場所:ルイジアナ州アベンドまたはニューオーリンズ)」
根拠は不明確ながら、墓碑や古い資料に基づく伝承によるもの。
現在の定説: 「1885年12月19日生まれ」
新たに発見された徴兵登録票や各種公式記録の分析で裏付けられた日付であり、専門的なジャズ史研究者もこの説を採用しつつある。一部には徴兵票の年から「1881年説」を唱える声もあるが、婚姻・死亡時の年齢記録との矛盾が大きいため、現在では1881年は誤申告であり、1885年が妥当であると整理されている。
このように、キング・オリヴァーの基本的な経歴情報すら、史料の発掘に伴って訂正される例は、ジャズ史研究の進展と資料の重要性を改めて示している。今後も新資料の発見・検証が進めば、さらなる見直しが行われる可能性もあるが、現時点での総合的な史料の裏付けは「1885年12月19日生」であると結論づけることができるだろう。
※「Encyclopedia of Early Jazz」編纂にあたり、筆者は1984年12月19日説を採用していたが、今回の追加調査の結果を受けて、1985年12月19日説を採る。百科事典のキング・オリヴァーに関する記事についても、それに合わせた修正を実施した。