20世紀末から2000年頃にかけてのインターネットの一般化は、かつてはアクセスが難しかったマニアックな情報へのアクセスを容易にした。これは、アーリージャズのファンにとっても例外ではなく、2000年代初頭には、ジャズに関する情報発信が界隈で流行し、インターネットにアクセスさえすれば、思いもかけない情報を手にすることできたように記憶している。(それ以前は、ジャズ専門誌の評論家が語る情報が全てであり、一般的なジャズファンにとっては、原典を入手することも容易では無かった)
この頃の有名な海外サイトに「Red Hot Jazz Archives」という海外のアーリージャズファンによる情報サイトがあった。このサイトは、1910年代~1930年代頃のミュージシャンの列伝やバンドに関する情報を惜しみなく公開し、世界中のアーリージャズ愛好家を熱狂させていたように思う。
日本のウェブサイトの中にも、マニアックで貴重な情報サイトがあった。この『初期のジャズ』もその一端を担っていたと自負しているが、「To Bop or not to Bop」のことは忘れられない。このハムレットに因んだ洒落たサイト名も魅力的なのだが、ビバップ前後のジャズギタリストにフォーカスを当てたこのサイトに、私も随分と夢中になったものだ。このウェブサイトに公開されていたギタリスト列伝や奏法解説の情報は、まさしくプロの仕事であった。当然、1920年代に活躍したギタリストも扱われていたのだ。
運営者の方々の生活環境の変化などの理由もあるだろうが、インターネット黎明期に登場したウェブサイトの多くが次々と閉鎖されていったことは本当に残念でならない。
それでも、最近まで生き残ってたウェブサイトの中に「The Heptune Classical Jazz and Blues Lyrics」と「Classic Jazz Online」があったのは、多くのアーリージャズ愛好家にとっては幸いだっただろう。
前者の「The Heptune Classical Jazz and Blues Lyrics」は、多くのジャズレコードの歌詞を公開していたデータベースサイトであり、後者の「Classic Jazz Online」は、著作権切れによるパブリックドメインとなったジャズ音源をMp3形式で聴くことができる途轍もないサイトだった。
この2つのデータベースが2023年末に閉鎖したことを知った時、時代の変化を感じた。世界的なインフレに端を発するドメインやサーバの料金の増加など、データベースサイトを無償で維持することが困難になるような、なんらかの事情があったのだろう。
昨今、情報化社会の進展に伴い、私たちの経済活動は「所有」に基づくものから「共有」を中心としたものへと大きく変化している。この流れは、ビジネス界で頻繁に議論されるトピックであり、ジャズをはじめとする音楽業界においても同じ傾向が見られる。例えば、YouTubeMusicやAppleMusicなどのサブスクリプションサービスを通じて、音源はもはや個人が「所有」するものではなく、広く「共有」され、多くの人に「利用」される形になってきている。
しかしながら、文化を残していこうと志す立場としては、この状況に流されては行けなかったのだろう。
その情報サイトが無償でも有償でも、運営者が維持コストを負担しなくてはならないことには変わりはない。ここで言う維持コストは、先に述べたドメインやサーバの利用料のようなお金の話だけを指しているわけではない。ウェブサイトに利用される様々なソフトウェアの頻繁なバージョンアップにも対応しなくてはならない。
今後、過去の遺産は失われていく一方なのかもしれない。運営元が国であったとしても、油断はならない。国が予算を付けてくれなければ、公的なサービスも終了に追い込まれるだろう。
『初期のジャズ』では、可能な限り、研究に関わる情報を「所有」する形で保存したい。改めて、このように思った次第である。なお、『初期のジャズ』と『Encyclopedia of Early Jazz』についても、昨今の円安とインフレの影響があり、運営費が2倍程度には膨れ上がっている状況であるが、今のところ、この個人的なプロジェクトを終了する予定は無い。